web悠果堂美術館通信(12)
以下の作品をアップしました。
ご高覧下さい。
鈴木三成・・5(青瓷、米色青瓷・青釉)
日本古陶磁・古唐津四耳壺・・1
古川利男・・1(釉裏銀彩香炉)
村田陶苑・・1(寅 陶彫)
島田文雄・・1(青白磁彫文香炉)
柴岡紘一・・1(備前砧花生)
松井とも之・・1(備前一輪挿)
中村正彦・・1(萩茶碗)
これらの作品を加えて掲載作品は587作品になります。
この中で「古唐津四耳壺」との出会いは今でも鮮明に記憶に残るもので、この壺は私の自慢のものです。
こうした「モノ」や人との偶然の出会いがあるから「やきもの蒐集」は止められません。
現代の陶芸作品にはない落ち着いたたたずまいや風格、美しさは、おそらく昔の職人があまり「美」を意識せず、
求めに応じて作意を持たずただ誠意を込めて作ったから生まれたものだ考えています。
陶芸(作陶)のテーマのひとつに「作意を出さない」、「作意を消す」ということがありますが、
このテーマをものにするには、考えるよりも先に指が勝手に動くという状態にまで達する必要があると思っています。
私の場合「日暮れて道遠し」ですが、そのうち作意のない茶碗が出来ればと願っています。
多くの人を経て私のもとに来たこの壺は、「星野焼茶壺」と共にその姿の美しさ(曲線美)に何時も感動します。
2作品共、多くの人に愛されてきた(どちらも疵一つない)が故の美しさを静かに醸し出していると思います。
300年以上の間、茶葉の容器として人々の生活を支え、人々に大切に扱われてきた道具の「美」に、
現代人が生み出す「美」が拮抗できるのだろうかと考えると、
時間の流れというものは、私達が考えているよりもはるかに重いものかもしれません。
尊式瓶