久しぶりの薪窯
降ってわいたように10連休がやってきた。
入社以来10日間の休暇を取ったことはなかったので、10日間会社を閉めることと休み明けの仕事の不安があり、うれしくもなかった。
幾つになっても貧乏くさい感覚は、育った時代や環境、人間関係から根付いたものだからどうしようもない。
それでも人生初の10連休を前にさて何をやろうかと考えたが、人ごみの中に出かけることも嫌なので外出の計画は初めからなかった。
母の遺品の整理があったが、10日間は長すぎる気もした。
そこで思い立ったのが薪窯焼成だ。
確か一昨年焼成したきりでずっとブランクがあったが、薪の準備だけはしてあったので重い腰を上げた。
何とか二人の応援も確保できたので、自分で自分の背中を押してスタートした。
私の場合、薪窯で一番つらい(嫌な)作業は窯詰めだ。
もともと時間がかかる作業だが、私の窯は床が滑り台のように傾斜があるだけの窯だから、
一般的な階段状の窯よりも窯詰めに時間と神経を使い、かつ内部が狭いから腰に負担がかかりきつい作業になる。
窯の床に段ボールを敷き、膝で這って行って棚板を組むので、一日続けると腰と膝がしらがとても痛む。
この作業に比べれば窯焚きの方がよほど楽で、薪窯を躊躇する主因はただただ窯詰めの辛さにある。
何とか窯詰めを乗り切り、焼成方法は今までと違うやり方でやろうと決めた。
「高齢化」の波は私の窯にも押し寄せ、かつて一緒に窯をやった人も全員リタイヤして私一人が残っただけで、
省力化した方法でないと焼成も出来ないので、以前から考えていた焼成を試験的にやってみた。
備前焼の作家・安倍安人の論文で「休み焚き」という焼成方法があることは前から知っていたので、
この方法でやろうとネット上にあった論文を探したが見当たらず、結局その記憶と過去の経験、知識でやらざるを得なかった。
方法は、初日から3日間は朝7時から夕方7時まで薪を燃し、夜から翌朝まではプロパンガスで温度をキープするという
格別目新しくもない方法だが、アイデアはよかったもののガスバーナーが小さ過ぎ、夜の温度低下を防ぐほどにはいかなかった。
それでも何とか最終日の昼夜連続の焼成で焚き上げることが出来た。
今回の焼成は、もう少し工夫をすれば高齢者の私にもあと何度か薪窯がやれるということを知ることが出来、収穫は多かった。
窯の周りには野生のシカの群れがいて、いつも夜になる姿を現す。
今回も何度か群れが現れたが、以前よりもシカの数が増えていたと思う。
窯の周辺もご多聞にもれず耕作放棄地が多いから、どんどん山を下りてきているようだ。
マグライトの光の先で多くの目が光る様子は、夜の窯の息抜き、楽しみの一つだが、
多くのシカが昼間どこに隠れているのか、いつも不思議に思う。
結果は、最終日の午前中に突然棚板が割れて作品が崩れ、火床に散乱したため予定より早く火を止めたが、
棚板が割れなければ、思った以上にいいものが採れていたと思う。
棚板も長く使っているので、目に見えないヒビが入ったりしていて、慎重に選んだつもりだが何枚かは寿命だったようで、
私と同様どこかしらガタが来ていたのだろう。
今回はすべて焼き直しの作品だったので、初日、二日と急激な温度上昇が出来なかったが、
素焼きをした作品であればもっと急激に温度も上げられただろうから、もっと焼成時間は短縮できそうだ。
「休み焚き」であと何回かは焼成が出来るという確信も持てた。
薪もあと一回分くらいは残っているからまた挑戦してみようと思う。
私個人は薪窯信仰はない。
電気だろうがガスだろうが、いいものはいいという考えだが、
焼き締め作品は薪でなくてはできないし、
なにより釉薬ものにしても薪の物は釉薬の深みが全く違うから、
なかなか薪窯から手を引くことが出来ない。
それにしても、身体が疲労に抗しきれなくなるという現実はつらいものだ。
↓私の薪窯